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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)417号 判決

甲事件原告兼乙事件被告(以下「原告」という。)

林田圭央

右訴訟代理人弁護士

栗栖康年

甲事件被告兼乙事件原告(以下「被告」という。)

水谷道明

甲事件被告(以下「被告」という。)

水谷守宏

右両名訴訟代理人弁護士

染谷壽宏

海老原照男

右訴訟復代理人弁護士

近藤僚三

濱孝司

主文

一  被告水谷守宏は、第二項の擁壁改修工事が完了するまでは、別紙建物目録(二)記載の建物上に同目録(三)記載の建物の増築工事をしてはならない。

二  被告水谷道明は、原告に対し、被告水谷道明の費用を二、原告の費用を一とする割合の費用負担をもつて、別紙土地目録(一)及び(二)記載の各土地の境界に沿つて設けられている擁壁を別紙擁壁設計図記載のとおりの鉄筋コンクリート造倒立T型擁壁に改修せよ。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  被告水谷道明の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、両事件を通じ、これを三分し、その一を原告、その余を被告らの各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 被告水谷守宏(以下「被告守宏」という。)は、別紙建物目録(二)記載の建物(以下「被告道明所有建物」という。)上に同目録(三)記載の建物(以下「被告守宏増築予定建物」という。)の増築工事をしてはならない。

2(一)(主位的請求)

被告水谷道明(以下「被告道明」という。)は、原告に対し、被告道明所有建物のうち、別紙土地目録(一)記載の土地(以下「原告所有土地」という。)及び同目録(二)記載の土地(以下「被告道明所有土地」という。)の境界(以下「本件境界」という。)までの最短水平距離が六・九八メートル以内の部分を撤去せよ。

被告道明は、原告に対し、被告道明所有土地につき、本件境界から計測して最大の仰角が三〇度をこえる部分に存する大谷石その他の土砂を除去して、がけの勾配を三〇度以下とせよ。

(二)(予備的請求)

被告道明は、原告に対し、本件境界に沿つて設けられている擁壁(以下「本件擁壁」という。)を別紙擁壁設計図記載のとおりの鉄筋コンクリート造倒立T型擁壁(以下「新擁壁」という。)に改修せよ。

3 被告道明は、被告道明所有建物のフーチング基礎につき、別紙フーチング基礎改修工法記載のとおりの工法に従つてこれを改修し、かつ、その鉄筋に対するコンクリートのかぶり厚さを六センチメートル以上とする工事をせよ。

4 被告道明は、被告道明所有建物の基礎ぐい一〇本につき、標高マイナス一八・一八メートル以深にある砂層を支持地盤とする鋼くい又はPC溶接継手くいを用い、別紙基礎構造打直し工法その他の方法記載のとおりの工法に従い、五・八トンの地震時水平外力に対して安全に耐え得る基礎ぐいの打直し若しくはくい先端地盤の改良等の工事をせよ。

5 訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 原告は、被告道明に対し、金一二八五万一五〇〇円及びこれに対する昭和五四年三月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

3 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第四項同旨。

2 訴訟費用は、被告道明の負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1(一) 原告は、原告所有土地を所有し、同土地上に、別紙建物目録(一)記載の建物(以下「原告所有建物」という。)を所有して、そこに居住している。

(二) 被告道明は、前所有者から、昭和四一年九月二〇日被告道明所有土地のうち一六五平方メートルを、昭和四二年三月二日被告道明所有土地のうち残りの一八二平方メートルをそれぞれ買受けて、これを所有し、被告道明所有土地上に、被告道明所有建物を建築して、これを所有している。

(三) 被告守宏は、被告道明所有建物上に、被告守宏増築予定建物を増築しようとしている。

2(一) もともと、原告所有土地と被告道明所有土地との高低差は、約二・四五メートルであり、本件境界に沿う被告道明所有土地側に大谷石七段積の擁壁(以下「旧擁壁」という。)があつた。

(二) しかるに、被告道明は、昭和四二年初夏ころ、被告道明所有土地に約一・五八メートルの盛土をし、旧擁壁上に大谷石を三段積み加えた(以下、この部分を「追加擁壁」という。)。

(三) このようにして、現在では、原告所有土地の北側と被告道明所有土地の南側とは、約一四・七五メートルにわたつて境界を接し、被告道明所有土地は、原告所有土地より約四・〇三メートル高い位置にあり、本件境界に沿う被告道明所有土地側に大谷石一〇段積高さ約三・二メートルの本件擁壁がある。

3(一) 宅地造成等規制法施行令一条二項は、「この政令において、『がけ』とは地表面が水平面に対し三十度をこえる角度をなす土地で硬岩盤(風化の著しいものを除く。)以外のものをいい、『がけ面』とはその地表面をいう。」と定めており、また、かかるがけ面は、擁壁でおおわなければならない(同令五条)ところ、その擁壁は、鉄筋コンクリート造、無筋コンクリート造又は間知石練積み造その他の練積み造のものとし(同令六条)、原則として擁壁素材として大谷石を用いることは許されないし、更に、擁壁には水抜穴を設け(同令一〇条)、その裏側に裏込めをしなければならない(同令八条二号)。

(二) 被告道明所有土地は、昭和三七年七月以降宅地造成工事規制区域に指定された。

(三) 本件擁壁の背部の土地は、水平面に対し八〇度をこえる角度をなし、後述のとおり硬岩盤以外のものであるところ、本件擁壁は、大谷石積み造で、裏込めがなく、水抜穴も旧擁壁と追加擁壁との境目に二か所あるのみで一番重要な下部の方には皆無である。

従つて、本件擁壁は、宅地造成等規制法施行令にいう「がけ面」をおおうべき「擁壁」に該当しない。

(四) よつて、被告道明は、被告道明所有土地が右施行令にいう「がけ」とならないようにその斜面の勾配を三〇度以下として、がけ及びがけ上に建築された建物の倒壊によりがけ下の土地建物の所有者等に損害を与えることのないように予防すべき義務がある。本件の場合においては、被告道明所有土地と原告所有土地との高低差が約四・〇三メートルであるから、被告道明は、被告道明所有土地につき、本件境界から計測して最大の仰角が三〇度をこえる部分に存する大谷石その他の土砂を除去するほか、被告道明所有建物につき、本件境界までの最短水平距離が六・九八メートル以内の部分を撤去すべき義務があることになる。

4 本件擁壁には、次のような問題点があつて、倒壊の危険性がある。

(一) (被告道明所有土地の地盤)

(1) 被告道明所有土地の地盤(以下「本件地盤」という。)は、主として関東ローム層からなり、透水性のスコリア層もある。関東ローム層は、水を含むと軟化しやすく、傾斜地においては降雨時などにがけ崩れのおそれがある。

また、本件地盤の地層は、北側から南側(本件擁壁側)へ流れ盤構造形をなしているので、降雨時には、本件擁壁の壁背面水圧が大きく増大する。

更に、本件地盤の本件擁壁側は、厚さ約二・五メートルの盛土がなされているうえ、クラックもある。

(2) 被告らは、昭和五三年六月末ころ、本件擁壁上端に板塀を設置した。これは、本件擁壁の背部に多量の雨水を浸透させ、本件地盤の軟弱化を促進させるものである。

(二) (本件擁壁の素材、構造)

(1) 本件擁壁の素材は、大谷石である。大谷石は、最も風化加水分解しやすい岩質である。

(2) 本件擁壁には、裏込めがなく、水抜穴も旧擁壁と追加擁壁との境目に二か所あるのみである。

(3) なお、宅地造成等規制法、同法施行令及び横浜市の指導要綱「宅地造成工事における切盛土、擁壁の設計施工基準」等は、擁壁の設置に際しては、原則として大谷石を用いず、裏込めをなし、水抜穴を設けることと定めている。

(三) (被告道明所有建物)

(1) 被告道明所有建物のフーチング基礎(以下「本件フーチング基礎」という。)は、設計条件に反する不良工事によつて、現状では、主鉄筋が空間に露出してコンクリート本体と遊離し、また、鉄筋の腐蝕が一ミリメートル位まで進行している。その詳細は、後記5のとおりである。

(2) 被告道明所有建物の基礎ぐい(以下「本件基礎ぐい」という。)は、一本しかない。仮にこれが一〇本あるとしても、本件基礎ぐいは、直径二五センチメートル、長さ八メートルのRCコンクリートくいに長さ六メートルの同くいをモルタル充填により継ぎ足し、その上部を切断して長さ約一三・五メートルとしたものを用い、これを被告道明所有建物の南側(本件擁壁側)にだけ、埋込んだものである。従つて、本件基礎ぐいには、次のとおりの問題点がある。

(イ) 片側くいは、建物の不等沈下をおこすおそれがある。

(ロ) 継ぎくいは、地震などの水平外力には無効である。

(ハ) 本件基礎ぐいの先端部の地層は、軟弱であつて、基礎ぐいの支持層として不適当である。その詳細は後記6のとおりである。

(ニ) 埋込みくいは、打込みくいに比べて長期許容支持力が小さい。ちなみに、基礎ぐいの長期許容支持力の計算式におけるある項の定数として、打込みくいの場合には「三〇」が用いられるところ、埋込みくいの場合には「二〇」が用いられなければならない。

(四) (現状)

(1) 本件擁壁背面の本件地盤は、軟化が急速に進行し、大谷石のくされ穴から軟化した土が土圧によつて押出されている。ちなみに、原告が、昭和五〇、五一年ころ、右くされ穴に細竹を入れて親指で押込んだときには約三〇センチメートルしか入らなかつたが、昭和五三年ころには、同様にして約七〇から八〇センチメートルも楽に入つた。

(2) 本件擁壁は、特にその旧擁壁部分において、風化、腐蝕が著しく、各所にくされを生じて穴があいている。

また、本件擁壁は、本件地盤及び被告道明所有建物の圧力を受けて、上部にゆくほど前倒しており、追加擁壁の中央部分には亀裂開口が生じている。

(3) 被告道明所有建物は、不等沈下をおこし、壁面に亀裂が生じている。

(五) (結論)

(1) 本件擁壁は、倒壊寸前の状態であり、一度地震が発生すればたちまち倒壊する危険性がある。本件擁壁が倒壊すれば、原告所有土地及び原告所有建物は、倒壊した大谷石その他の土砂の直撃を受け、これによつて右建物の倒壊及び右建物に居住する原告又はその家族の生命身体に対する危害が生じうる。

また、被告守宏増築予定建物の増築は、この危険性を増加させるものである。

(2) よつて、被告守宏は、被告守宏増築予定建物の増築工事をしてはならず、被告道明は、本件擁壁を新擁壁に改修すべき義務がある。

5 本件フーチング基礎は、設計条件に従つて鉄筋コンクリート構造物として充分であるように施工されていなければならないのに、設計条件に反する不良工事によつて、現状では、無筋コンクリート並びに空気及び土を挟んで遊離し腐蝕消失の進んでいる鉄筋が横たわつているにすぎない。鉄筋コンクリート構造物であることによつて認められている材料強度を採用して設計算定されているフーチング基礎の主鉄筋が空間に露出して、コンクリート本体と遊離して、鉄筋の腐蝕が一ミリメートル位まで進行している。

即ち、この事実は、建築基準法によつて定められている鉄筋コンクリート構造物としての強度を有していないことを意味し、不良工事に起因した不適法フーチング基礎であり、しかも、危険の度合も時と共に増大しつつある。

鉄筋コンクリート構造物としての材料強度常数を得られるためには、鉄筋とコンクリートが必ず一体となつており、鉄筋に対するコンクリートの付着力が充分に維持されていなければならないのであつて、当初一体であつても、コンクリート中で鉄筋が腐蝕細化すれば付着力ゼロとなるから強度常数も低下し、破壊の原因となる。このことを防ぐために、鉄筋の外周を六センチメートル以上の厚さを持つコンクリートによつて被覆することが法的に義務付けられている。これは、鉄筋が外気や水の影響を受けることを避けると共に、アルカリ性を保持して鉄筋の腐蝕を防止し、長期にわたつて本来の強度を維持して安全を保証するためである。

右のとおり、被告道明所有建物は、建築基準法施行令七九条に定める基準に従つていない不良工事に起因した欠陥フーチング基礎の上に建てられているから、建築物の安全が保証されていない。そのため、右建物は、傾動又は倒壊をおこすおそれがあり、この場合においては、本件擁壁は勿論、新擁壁ですら、これを防ぐことができない。

6 本件基礎ぐいは、一本しかない。仮にこれが一〇本あるとしても、本件基礎ぐいは、前記4項(三)(2)記載のとおりのものである。

ところで、本件地盤は、標高マイナス一三・〇八から一八・一八メートルの間も軟弱なものであるので、基礎ぐいの支持層として適していない。被告道明所有建物を支持するためには、基礎ぐいを、標高マイナス一八・一八メートル以深にある細砂層中に貫入をさせるとともに、くいの種類を、PC溶接継手くい又は鋼管くい等とし、地震時に起動されると設計上で算出されている五・八トンの水平外力に耐えられることを必須の条件とする。

本件基礎ぐいは、その直径、長さの如何にかかわらず、加えられる水平外力に耐える能力を有していない。

よつて、原告は、被告らに対し、所有権に基づく妨害予防請求権に基づき、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1項の事実は認める。

2 同2項(一)、(二)の事実は否認し、同項(三)のうち、本件境界の長さ及び被告道明所有土地と原告所有土地との高低差が原告主張のとおりであることを否認し、その余の事実は認める。

3 同3ないし6項の事実は、すべて争う。

三  被告の主張

被告道明所有土地は、それ自体自立するもので本件擁壁が倒壊する危険性がないが、仮に右危険性があつて、本件擁壁を原告主張のような新擁壁に改修する必要があるとしても、その費用は、民法二二三条、二二六条、二二九条、二三二条等の各規定を類推適用して、原告及び被告道明が共同して負担すべきものである。

なぜならば、原告及び被告道明の各所有土地は、いずれも、宅地造成等規制法制定以前に宅地造成されて分譲されたものであること、本件擁壁を改修することは、原告及び被告道明の両所有土地にとつて等しく必要かつ有益であることに加えて、その費用が莫大であることを考慮すると、この費用を被告道明にのみ負担させることは、著しく不合理である。そして、本件擁壁は、高地低地間の界標、囲障、しよう壁等境界線上の工作物と類似するものであるので、前記民法の各規定を類推適用して、土地所有者の相隣関係の調整をはかることが相当である。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張は争う。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告道明は、被告道明所有土地及び被告道明所有建物を各所有している。

2 被告道明は、被告道明所有建物上に被告守宏増築予定建物を増築すること(以下「本件増築」という。)を計画し、被告守宏名義で、右建築確認の申請をし、古川工務店に本件増築を請負わせた。

右申請は、横浜市建築主事により、昭和五一年一一月三〇日付にて確認された(以下「本件確認処分」という。)。

3 原告は、本件増築により本件擁壁が倒壊する危険性があるとして、本件増築に反対した。

しかしながら、被告道明所有建物は、もともと、三階建の予定で建築されたもので、本件擁壁側の基礎については、本件擁壁に影響を与えないように地下約一二メートルの深さに達するアースオーガー方式によるコンクリートくい一〇本を打込んであり、右コンクリートくいは、堅固な洪積層の地盤内で支持され、その他の基礎も堅固な地盤内で本件擁壁に対して安全上全く支障のない位置に設けられているから、本件擁壁が崩壊する危険性は全くない。

4 ところが、原告は、横浜市に対し、陳情書、嘆願書、要望書等を提出して、本件増築ができないよう事実上圧力をかけ、右要求が通らないと知るや、横浜市建築審査会に対し、本件確認処分につき審査請求をしたが、右審査請求は、昭和五二年三月二二日、本件確認処分には何ら違法又は不当な点はないとして、棄却された。

にもかかわらず、原告は、その後も執拗に、消防署、警察署、保健所等に対し、正当な理由もないのにもつともらしく連絡をとり、工事現場へパトカー等を呼び寄せるなどして、本件増築工事を事実上妨害する挙に出た。

更に、原告は、被告守宏宅まで来て「なんでこんな工事をやるのか」と暴言を吐いたり、原告の妻をして、工事現場において「あんた達、なんで工事をやるのか、すぐやめろ」と工事人に怒鳴らせたりして、本件増築工事を妨害した。

横浜市及び関係官庁は「何ら問題はないのだが」といいつつも、陳述や通報があれば仲介の労をとらねばならないという態度をとるため、原告の直接又は間接の行動により、本件増築工事は妨害されている。

5 以上のような経過から、古川工務店は、本件増築工事を施工することを嫌がり、被告道明は、やむをえず、大徳建設株式会社との間であらためて工事請負契約を締結したが、その後も、原告が前記同様の官公庁を利用する妨害行為を続けたため、大徳建設株式会社も本件増築工事を施行することを嫌がり、結局、被告道明は、本件増築工事を断念せざるをえなくなつた。

6 以上のとおりの原告の妨害行為により、被告道明は、本件増築工事を断念し、そのため、別紙損害一覧表記載のとおりの損害をこうむつた。その合計は金一二八五万一五〇〇円である。

よつて、被告道明は、原告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金一二八五万一五〇〇円及びこれに対する不法行為日以後の日である昭和五四年三月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1項及び2項第二文の事実は認める。同2項第一文の事実は知らない。その余の事実は、否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一甲事件につき

一事実関係等

請求原因1項の事実並びに同2項(三)のうち、本件境界の長さ及び被告道明所有土地と原告所有土地との高低差が原告主張のとおりであることを除くその余の事実は、当事者間に争いがないところ、右事実に加え、〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和四〇年ころ、前所有者から、原告所有土地を購入し、被告道明は、昭和四一年九月から昭和四二年三月にかけて、被告道明所有土地を購入した。

右両土地は、長さ約一五メートルにわたつて境界を接するところ、被告道明所有土地は原告所有土地よりその地上面が高く、本件境界に沿う被告道明所有土地側には、昭和三五、六年ころ造られた大谷石七段積高さ約二メートルの旧擁壁があつた。

被告道明又は被告道明所有土地の前所有者は、昭和四二年夏ころ、被告道明所有土地に高さ約二メートルの盛土をして原告所有土地よりその地上面が約四・一メートル高い平坦地とし、このため、旧擁壁上に大谷石を三段高さ約一メートル分積み加えて大谷石一〇段積高さ約三・一メートルの本件擁壁を造つた。

原告所有建物の北側は、本件境界から約一メートル離れた位置で約七、八メートルにわたつて本件境界に沿つて建てられている。

2  本件地盤(被告道明所有土地の地盤)は、その地上面から深さ約二メートルまでは盛土層、同深さ約九メートルまでは関東ローム層、同深さ約一一・七メートルまでは粘性土層、同深さ約一二・六メートルまでは砂層、同深さ一四・八ないし一七・七メートルまでは粘性土層、それ以深は砂層から成り、所々に透水性のスコリアの混入している部分があり、本件擁壁側の関東ローム層中には切裂もあり、その地層は、北側から南側(本件擁壁側)へかけて低くなるようなゆるやかな流れ盤構造形をなしている(報告書四六ないし四八頁)。

本件擁壁との関係でみると、本件擁壁上部大谷石三、四段目までの背部の地層は、盛土層であり、同三、四段目から最下段までの背部の地層は、関東ローム層である。

本件地盤の関東ローム層の土質性状は、概ね良好であり、同層は、均質なものと仮定すれば、自立する状態である。

3(一)  本件擁壁の素材は、大谷石であるところ、大谷石は、加工が容易であるが、強度が比較的小さく、吸水性が大きく、かつ風雨による風化を受けやすいので耐久性が乏しいことが欠点とされている。

本件擁壁のうち、旧擁壁部分には、約二〇か所に貫通穴が生じており、貫通穴に至らない表面的な風化穴も多数あつて、その風化が著しいが、追加擁壁部分には、風化による毀損がほとんどない。

(二)  本件擁壁は、その背部に裏込めがなく、水抜穴も旧擁壁部分と追加擁壁部分との境目に二か所あるのみで、排水機能の面からみて、十全とは、いえない。

(三)  本件擁壁は、全体として、上部にいくほど地上面に対してなす角度(以下「勾配」という。)がわずかではあるが増大している(即ち、原告所有土地側に前倒している。)。とりわけ、追加擁壁部分の勾配は、旧擁壁部分の勾配と比較して、有意に大きい。

そして、追加擁壁部分の中央部には、亀裂が生じている。

右二つの現象は、追加擁壁部分の背部の地層が盛土層であるところ、追加擁壁部分が盛土層の土圧を受けて生じたものと推察される。

従つて、本件擁壁のうち背部の地層が盛土層に対応する部分、即ち、本件擁壁上部大谷石三、四段目までの部分は、現状において、倒壊又は崩落の危険性があり、改築等の何らかの処置をとる必要がある。

また、被告道明所有建物の南側(本件擁壁側)に位置する本件フーチング基礎は、地震などによる水平外力を盛土層に及ぼすところ、右水平外力は建物荷重に比例するため、被告守宏増築予定建物を増築することは、右水平外力を増大させることになり、本件擁壁上部大谷石三、四段目までの部分の前記倒壊又は崩落の危険性を増大させることになる。

4  被告道明所有建物は、その壁面の一部に亀裂が生じ(甲第五六号証の一ないし三、第六七号証の一、二)、また、その南東部の基礎付近の部分が盛土層から浮き上つているようにみえる(甲第二六号証の四、五)。

しかしながら、右現象を考慮しても、被告道明所有建物のパラペット天端の水準測量の結果及び同建物内の建具の状況につき特段の異常が認められないことなどを総合的に勘案すると、同建物が不等沈下をおこしているとは、いい難い。

5  本件フーチング基礎は、被告道明所有建物の建築確認申請書に添付された設計図書(以下「本件設計図書」という。)上、一五個設置することとされており、このうち、同建物南東部分の一個は、その存在が明らかであるが、施工方法の不良により、鉄筋の一部が露出し、その露出部分に腐蝕が生じている(報告書八五頁写真)。

しかしながら、他の一四個については、その不存在又は損傷を窺わせるに足りる事情もなく、本件フーチング基礎全部又は前記の存在の明らかな一個につき、これを直ちに補修しなければ被告道明所有建物が倒壊する危険性があるとは、いい難い。

6(一)  本件基礎ぐいは、本件設計図書上、被告道明所有建物の南側(本件擁壁側)にのみ、一〇本設置することとされており、このうち、同建物南東部分の一本は、その存在が明らかであり、他の九本については、その不存在を窺わせるに足りる事情もない。

本件基礎ぐいは、直径三〇センチメートル、長さ八メートルのRCコンクリートくいに、長さ六メートルでその余は右同様のくいを、モルタル充填により継ぎ足し、その上部を切断するなどして長さ約一三・五メートルとしたものを用いている。

本件基礎ぐいの設置方法は、埋込み工法によるものである。

(二)  一般に、一つの建物に異種の基礎を用いることは、建物の不等沈下をおこす懸念があるので、好ましくない、とされている。

しかしながら、被告道明所有建物は、その重量及び本件地盤の土質性状に照らすと、異種の基礎が用いられることにより不等沈下をおこす懸念があるとはいえず(報告書三三ないし三六頁)、また、現実に、不等沈下をおこしているとは、いい難い。

(三)  一般に、継ぎくいは、その継ぎ手の下部において地震などによる水平外力を負担するのには、有効でないが、中低層建物は、基礎ぐいに水平外力を負担させないこととして、即ち、フーチング基礎等にのみ水平外力を負担させることとして、設計計算する。

本件基礎ぐいは、継ぎくいであるが、被告道明所有建物は、中低層建物であつて、本件フーチング基礎が地震などによる水平外力を負担すれば足りるので、本件基礎ぐいが継ぎくいであることは、特に問題であるとは、いえない。

(四)  本件基礎ぐいの先端部の地層は、関東ローム層下部の砂質シルト層であるが、N値が一〇ないし二〇前後を示しており、かつ、コンシステンシーも硬ないし極硬に分類されるものであつて(報告書四六頁)、その土質性状に照らし、基礎ぐいの支持層として不適当であるとは、いい難い。

(五)  一般に、埋込みくいは、打込みくいに比べて、長期許容支持力が小さい。ちなみに、昭和五三年一〇月二〇日付建設省告示第一六二三号、「東京都二三特別区、三多摩における建築基礎設計の取扱い(案)について」と題する書面及び横浜市建築指導課内規等(甲第二七、第二八、第三〇、第五七号証)においては、基礎ぐいの長期許容支持力の計算式におけるある項の定数として、打込みくいの場合には「三〇」を用い、セメントミルク工法による埋込みくいの場合には「二〇」を用いることとしている。

しかしながら、本件基礎ぐいが埋込みくいであることによつて、その長期許容支持力が、被告道明所有建物に要求される長期許容支持力として小さいとは、いえない(なお、別紙計算書参照)。

7  本件フーチング基礎及び本件基礎ぐいは、被告道明所有建物と同規模の三階建建物を建築することを予定して設計し(乙第一一号証)、施工されているので、被告道明所有建物上に被告守宏増築予定建物を増築しても、その安全性に影響はない。

二請求の趣旨1項につき

本件擁壁上部大谷石三、四段目までの部分が現状において倒壊又は崩落の危険性があること及び被告守宏増築予定建物の増築が右危険性を増大させることになることは、前記一、3、(三)認定のとおりである。

そして、本件擁壁上部大谷石三、四段目までの部分が倒壊又は崩落した場合には、右部分と原告所有土地及び原告所有建物との位置関係等に照らして、原告所有土地又は原告所有建物に損害を与えるおそれがある。

しかしながら、被告道明が、後記擁壁改修工事を完了したときには、右危険性及び右損害を与えるおそれは、なくなるものといえる。

そうすると、原告は、被告守宏に対し、所有権に基づく妨害予防請求権に基づき、後記擁壁改修工事が完了するまでは、被告道明所有建物上に被告守宏増築予定建物の増築工事をしてはならないことを求めうるので、原告の被告守宏に対する請求は、右の限度で理由があるが、その余の部分は理由がないことになる。

三請求の趣旨2項(一)につき

原告は、被告道明に対する請求の趣旨2項(一)にかかる請求につき、その請求権の根拠が、宅地造成等規制法及び同法施行令(以下「前者」という。)にあると主張するのか又は所有権(以下「後者」という。)にあると主張するのか、必ずしも分明ではない。

しかしながら、その請求権の根拠が前者にあると主張する場合においては、前者の法律効果を正解しないものであつて、主張自体失当というほかなく、後者にあると主張する場合においては、後記のとおり、擁壁改修工事を求める限度で理由があり、これを超える請求は、理由がないというべきである。

よつて、原告の右請求は、理由がない。

四請求の趣旨2項(二)につき

1  本件擁壁上部大谷石三、四段目までの部分が現状において倒壊又は崩落の危険性があることは、前記一、3、(三)認定のとおりである。

そして、本件擁壁上部大谷石三、四段目までの部分が倒壊又は崩落した場合には、原告所有土地又は原告所有建物に損害を与えるおそれがあることは、前記二認定のとおりである。

そうすると、原告は、被告道明に対し、所有権に基づく妨害予防請求権に基づき、本件擁壁上部大谷石三、四段目までの部分が倒壊又は崩落しないような工事をすることを求めうるといえる。

2 そこで、右工事内容につき、検討する。

第一に、右工事対象につき検討するに、擁壁は、その構造上、一体として、土圧に対する耐久力や排水機能等を備えていなければ、その目的を達成することができないものであるところ、前記一、2、3認定のとおり、本件擁壁は、その素材が大谷石であつて旧擁壁部分に面する地盤は自立しており、差当り崩壊する危険性が認められないとはいつても、その風化が著しく、その背部に裏込めがなく、水抜穴も十分に設置されているとはいえないから早晩その改修を余儀なくされるものと思われること、本件地盤には、所々に透水性のスコリアの混入している部分があり、本件擁壁側の関東ローム層には切裂もあり、その地層は、北側から南側(本件擁壁側)へかけて低くなるようなゆるやかな流れ盤構造形をなしていることなどの事実に照らすと、本件擁壁上部大谷石三、四段目までの部分が倒壊又は崩落しないようにするためには、右部分の改修にとどまらず、右部分とその下方部分との結合を強固にし、右部分の下方の擁壁の背部にも裏込めを施すなど本件擁壁全体についての改修工事が必要であるというべきである。

次に、右工事の具体的方法につき検討するに、原告は、横浜市宅地造成工事技術資料(甲第七号証)に基づき、本件擁壁を新擁壁に改修することを求めるところ、右改修工事方法は、前記一認定の諸事実に照らして、必要かつ相当であると認められる。

3 ところで、被告道明は、本件擁壁を原告主張のような新擁壁に改修する必要があるとしても、その費用は、原告及び被告道明が共同して負担すべきである旨主張する。

そこで検討するに、原告所有土地と被告道明所有土地とは相隣関係にあり、被告道明所有土地の崩落を予防することは原告所有土地にとつても等しく利益になり、その予防工事に莫大な費用を要することも明らかであるから、右予防工事については土地相隣関係調整の見地から、原告の求める新擁壁の如きは、高低地間の界標、囲障、しよう壁等境界線上の工作物に近い性質を併有することを考え、民法二二三条、二二六条、二二九条、二三二条等の規定を類推適用して、相隣者たる被告道明及び原告が共同の費用をもつてこれを設置すべきものと解するのが相当である。

そこで更に右費用負担の割合につき検討するに、前記一、1、2認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告所有土地は、昭和三五、六年ころ、被告道明所有土地に隣接する部分につき、約二メートルの切土がなされて宅地造成がなされ、このため、被告道明所有土地側に高さ約二メートルの旧擁壁が造られたことが推認でき、また、前記一、1認定のとおり、被告道明又は被告道明所有土地の前所有者は、昭和四二年夏ころ、被告道明所有土地に高さ約二メートルの盛土をして原告所有土地よりその地上面が約四・一メートル高い平坦地とし、このため、旧擁壁上に大谷石を三段高さ約一メートル分積み加えて大谷石一〇段積高さ約三・一メートルの本件擁壁を造つたものであるから、高さ約三・一メートルの本件擁壁のうち、高さ約二メートルの部分は、原告及び被告道明の双方にとつて等しく改修の利益があり、高さ約一メートルの部分は被告道明にとつてのみ改修の利益があるものとみうるところ、右事実のほか本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すると、原告は被告道明に対し、被告道明の費用を二、原告の費用を一とする割合の費用負担をもつて、本件擁壁を新擁壁に改修することを求めうるというべきである。

4 以上のとおり、原告は、被告道明に対し、所有権に基づく妨害予防請求権に基づき、被告道明の費用を二、原告の費用を一とする割合の費用負担をもつて、本件擁壁を新擁壁に改修することを求めうるので、原告の被告道明に対する請求の趣旨2項(二)にかかる請求は、右の限度で理由があるが、その余の部分は理由がないことになる。

五請求の趣旨3、4項につき

本件フーチング基礎及び本件基礎ぐいに関する事実関係等は前記一、5ないし7認定のとおりであつて、本件フーチング基礎又は本件基礎ぐいを直ちに補修又は改修しなければ、被告道明所有建物が倒壊するなどして原告所有土地又は原告所有建物に損害を与えるおそれがあることを認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告の被告道明に対する請求の趣旨3、4項にかかる請求は、理由がない。

第二乙事件につき

一請求原因2項のうち、被告道明が本件増築を計画してこれを古川工務店に請負わせたこと及び同5項のうち、被告道明が大徳建設株式会社との間であらためて工事請負契約を締結したことは、これを認めるに足りる証拠はない。

かえつて、〈証拠〉によれば、被告守宏が右各行為をしたものと認められる。

そうすると、被告道明の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

二なお、本件擁壁上部大谷石三、四段目までの部分が、本件増築により、倒壊又は崩落の危険性の増大することは、第一で認定のとおりである。

また、右一認定の事実及び当事者間に争いのない請求原因2項第二文の事実に加え、〈証拠〉によれば、被告守宏は、本件増築を計画して、昭和五一年九月ころ、横浜市建築主事に対し、右確認の申請書を提出し、同年一一月三〇日付で同建築主事から本件確認処分を受けたが、原告は、①近隣居住者とともに、横浜市長に対し、昭和五一年一二月二二日ころ、本件増築に反対する旨の陳情書及び嘆願書を、昭和五二年一一月三日ころ、同旨の要望書を各提出し、②昭和五二年一月二八日ころ、横浜市建築審査会に対し、本件確認処分の取消しを求める旨の審査請求をしたが、同年三月二二日付でこれが棄却されたので、同年四月二四日ころ、更に、建設大臣に対し、右同旨の再審査請求をし、③昭和五二年三月ころ及び同年四月一九日ころ、横浜市神奈川消防署に対し、被告道明所有建物に付設されているプロパンガスボンベ及びその配管等の安全対策につき指導を要望し、同建物の避難路につき問合わせをしたが、これを受けて、同署は、調査のうえ、被告道明に対し、プロパンガスボンベの設置につき消防法施行令四条の五に基づく届け出を怠つていたことを指摘して右届け出をなすように指導し、関係者に対し、同建物二階の階段、通路及びバルコニーにあつた物件で避難上障害となるものにつきこれを取り除くよう指示し、④昭和五二年五月下旬ころ、近在の保健所に対し、被告道明所有土地の敷地管理が不十分なためやぶ蚊や蛾が発生したり枯葉によつて樋がつまるなどの苦情を寄せ、⑤昭和五一年一二月末ころに本件増築工事のため被告道明所有土地の北側の公道又は私道付近に鋼材が搬入されたが、これによる通行上の具体的な危険があつたので、その都度、警察署に連絡し、⑥昭和五二年一一月から同年一二月にかけて、本件増築工事が開始されたが、工事施行者が建築基準法八九条一項に規定する表示をせず、建築主が同法九〇条の三に規定する計画の届け出をしていなかつたなどの同法違反の事実があり、また、工事施行者の工事の具体的方法が原告にとつて危険であるように判断されたので、警察署及び横浜市等にその旨の通報をし、これを受けて、横浜市建築局長は、昭和五二年一二月二七日付文書で、被告守宏及び工事監理者に対し、建築基準法を遵守して工事をするように注意をしたことが認められ、右認定に反する前掲乙第四号証中の記載部分は、同号証が弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六四号証の一ないし四に明らかに反する記載及びうわさ又は伝聞等の十分な根拠に基づかない記載を含んでいること並びに前掲甲第六五証の記載が客観的証拠により裏付けられている部分が多いのに対し右乙第四号証がこれを裏付ける客観的証拠に乏しいことなどに照らすと、これをたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はないところ、右原告の行為のうち、①②⑤⑥の行為は、その内容に照らして違法であるとはいえず、また、③④の行為は、被告守宏の本件増築工事に対する妨害行為とはいえない。

第三以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、主文第一、第二項掲記の限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、被告道明の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙橋久雄 裁判官林 泰民 裁判官橋本昇二)

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